15/07/05

先日FCのメルマガで先行発表させて頂いたのですが、この度Dは8月29日をもって、復活することをお知らせします。
奇しくも昨年の8月29日は活動休止を発表した日でもありましたが、それからちょうど一年。
また皆さんの前で歌を歌えることをとても嬉しく思っています。
アメブロでも度々お知らせしていたように、治療も順調に進み、病状も悪化することなく落ち着いてきましたので、年内、または年始あたりを目処に再開できたらと思っていたのですが、今回イベンターさんのご厚意により、とても良い日を用意して頂けたので、それであれば夏の終わりに復帰しようと現在リハビリを兼ねて練習しています。
楽曲においては、いつ復帰しても大丈夫なようにたくさん作っていたので、今後色んな形で発表できる日が楽しみです!
12年間いかなる時も走り続けて来たDが、僕の顎関節症が原因でやむなく休止せねばならなくなり、日々色々なことを考えました。
どうしたらDにとって、最も良い方向に進んで行けるのか。
人生はゲームのようにやり直しがきくわけではありません。
だからひとつひとつ、なるべく間違いのないように考え、行動していくしかないのです。
それでもバンドの活動は、なにが正解でなにが不正解なのか、それはわかりません。
失敗して得ることもあるし、失敗を怖がっていては何もできないこともある。
自分の手で藻掻きながらも進んで行くということはそういうことなのだと、改めて感じています。
生まれも育ちも性格も年齢も...すべてが異なる5人が集まって、Dというバンドを築きあげ、どんな世界をみんなに見せることができるのか。
Dを愛するという共通の気持ちがみんなにあっても、やはりそこはそれぞれ、思うことも度合いも価値観も歩幅も、差異が生じるのは自然なことだと思っています。
メンバーそれぞれの中で、どんなDのヴィジョン、未来が映し出されているか。
僕にはいつも明確なヴィジョンがあるし、自分を犠牲にしてもDを守っていくという覚悟はある。
だからこそ、この休止期間中にこれからもDが大きな夢を持ち続けて存続して行く為に、メンバーの考えをもっと知りたかったというのが本音です。
メンバーはどんなDを望んで、Dで自分自身の何を伝えようとしているのだろうか。
だからDの休止中、実際に復活しようという話が出る前は、しばらくはみんなが各自、責任をもって、それぞれ別の活動をしてみてはどうかという話をしたこともありました。
正直今までのDの活動は、まずは近い未来の切迫したスケジュールを全力でこなさなければいけない、という所が強かったです。
先のスケジュールを押さえて、年間を通して曲を何曲も作って歌詞も書いて...漠然としたスケジュールが、どんどん緻密に埋まって行く。
勿論、ライヴも楽曲も一切手を抜いたことはありません。
短い製作スケジュールの中で、神経を集中させて過酷な作業に追われながらも、納得できる作品を創りあげてきました。
だからこそ12年前の楽曲も最新の楽曲も、自信をもってライヴで奏でられるのですし。
でもね、もっともっとメンバーの意思や自主的な行動も見てみたかった。
Dとしてもっと上を目指す為に、そしてDを引っ張って行く上で生じる僕のオーバーワークを軽減する為に、どうしたらいいかな?という投げかけに、みんなの言葉が詰まってしまうのは悲しかった。
自分の体調管理は当たり前ですが、Dを動かすと相当な精神力も体力も使うし、その他の問題点も自分で考えてなんとかしなきゃいけないと思っています。(当然、メンバーにも相談はします)
ただ、僕がこういう事を言うと所属バンドの事をオーバーワークの一部なんじゃないかと心配する人もいるかもしれませんが、彼らは彼らの責任の持てる範囲で自分達の出来る事を自分達で自由にやってもらっているから、サポートする時はしているけど、それが負担になっているわけじゃないです。
Dの話に戻りますが、僕が一番年上で、会社の代表をやっていて、アイディアを出して、メインコンポーザーで、裏方をやって、だからといって全てを自分1人で決めなければならないわけではないから。
メンバーが持っているはずのまだ見ぬ力。
その能力をもっと表に出すことが出来たなら、Dにとってもっと大きな力になるとずっと思っていたから。
僕はただの人間だし、物理的に睡眠を削ったところで、できることは限られています。
この休止は顎関節症の悪化が大きな理由ではありますが、結果、みんなが色んなことを見つめ直す期間でもあったのだと思います。
みんなの大切なDは必ず守ると約束しました。
長い間共に生きて来たメンバーは掛け替えのないファミリーです。
僕にとっても大切なバンドだと思っていますし、メンバーが大好きだし、今だってすごく仲も良い。
だからこれからDの活動を再開させるけれど、息を切らして走ることはせずに、もう少しペースを考えたいと思っています。
でも、その分制作には今まで以上に時間をかけたい。
僕の場合、レコーディングはそんなに無理して歌わないし、休みながら自分のペースで出来るから。
歌を歌えなくなっていた僕でも、それまでずっと話せずに抱え続けていた心の内を話した後も、それでも僕の事が必要だと、これからも一緒にDを続けたいと言ってくるメンバーはきっとこの4人しかいません。
僕もみんなのこともファンの事も大好きだから、もうこれまでのような無理はなるべくしたくありません。
これからもこのメンバーとファンと、ずっとDを続けたいから。
今までのようにたくさんのライヴはできませんが、一本一本を大切にし、そして楽曲に込められた想いがみんなに届くように頑張って行きます。

そして新曲のタイトルなのですが、これは「なんでもない日おめでとう」という意味を込めて、「HAPPY UNBIRTHDAY」にしました。
一年は365日しかありません。
朝起きて、仕事や家事をこなし、そしてまた眠る日々。
子供の頃にはすべてが輝いて見えた時間も、大人になってしまうと、何気なくあっという間に過ぎて行くものです。
それでも時は無情に過ぎて行き、やがて生を知り、死を知って行きます。
世界中の誰かが喜び笑っている時、別の場所では悲しみ、苦しんでいる人がいます。
それは生きている中で、避けられないことです。
けれど誰もが一度は何のために生まれ、何のために生き、そして死んで行くのだろうと考えることがあるでしょう。
生まれた場所や育った環境で、人生の道が狭まることもあります。
人の何倍も苦労をし、人の何倍も辛い想いをしながら生きている人もいるでしょう。
生まれた時から愛に恵まれた人だけが、祝福されるのでしょうか。
いいえ、そうではありません。
すべての人が祝福されるべきで、愛されるべきでなのです。
だからこの日だけが特別な日だと祝うのではなく、ささやかでも幸せだと感じられれば、それはその人にとっての素晴らしい、特別な日なんだ、と祝福したい...そんな想いを込めて作りました。
家族が病気で余命幾許もない時、心はとても苦しく、堪え難い悲しみが流れ込むでしょう。
けれどその人の家族であることを誇りに思い、幸せな日々を思い出すことができれば、それは幸せな日になっていくでしょう。
友達や恋人や家族とケンカをしたとしても、その人の悪いところばかりを思い出すのではなく、良いところを思い出すことができれば、わだかまりは自然と消えて行くはずです。
一人で食べるケーキより、大事な人と一緒に食べるケーキはきっと何倍も美味しいですから。
タイトルの通り、今回はアリスがコンセプトなわけですが、ファンタジックな物語性を取り入れながら、生きていく中で誰もが直面する壁をテーマにしました。
衣食住があれば、ただ生きることはできます。
けれど心はもっと繊細で、まるで硝子細工のように脆いのです。
心が傷つき、闇に攫われそうな時、すべての人の側に支えてくれる人がいるでしょうか?
音楽はアートで、そして心です。
悲しい時に共に泣き、嬉しい時に共に喜び、また気持ちを穏やかにしてくれる、ハッピーにしてくれる、そんな音楽や言葉を僕は作りたい。
アーティストとは自分の意のままに音楽や絵や形を創造する者です。
自分を捨てて誰かの意のままに操られて創り上げたものはアートではありません。
そして人の心に伝わるものもありません。
僕は死ぬまで僕のままでありたいし、こんな僕の歌で救われたと言ってくれたたくさんの人の為にも、この先ずっと自分の信じた歌を歌って行きたいです。
待っていてくれて本当にありがとう、そしてこの先もよろしくね。
Dの音楽に触れてくれた、全ての人がハッピーになる事を願って。